Ókuri note
私たちの供養

墓はいらない、と言われて ─ 故人の意思と、残される側の事情

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自分の希望をはっきり口にする50代の女性と、家の願いを半分の納得で引き受ける40代の女性が向き合う|故人の意思と、残される側の事情
自己決定故人の自己決定 vs 残された側の世間体

Xから集めた声

書き起こし親戚のお葬式に行って、かかるお金について親と考えさせられた 日本人、日本ってお経をよんでもらわないと成仏できないのかなぁ とか 自分が死んだら一切お金はかけてほしくない そして、海に散骨それだけは希望する 1ミリも自分をこの世に固定して残してほしくもない
書き起こし今日は舅の十三回忌+建て直した墓のお性根入れ 世間が墓じまいとか言ってるご時世に姑の願いで墓の建て直し 色々な思いもあるが、ここ数年姑はそれを願い過ごしてきたと思う やっと…今日にたどりついた
書き起こし納骨か散骨をすべきか死後パニックになってて出来ずにいます。増えてるみたい家に遺骨置いてるお家。凄く悩むね。遺言も無かったし、、、、

「墓はいらない」「お金をかけないでほしい」「散骨してくれればいい」。

終活の話題では、こうした本人の希望がよく語られます。けれど、その希望を実行するのは本人ではありません。実際に手続きをして、費用を払い、親戚に説明するのは、残された人です。

そして残された人の周りには、また別の声があります。「そんな簡単に決めていいのか」「ご先祖様はどうする」——世間の慣習という声。逆に近ごろは「まだ墓なんて建てるの」という、新しいほうの空気もあります。圧力は、片方向ではなく双方向に働いている。今回はその現実を、Xの3つの声から見ていきます。

声 ① ─ 「1ミリも自分をこの世に固定して残してほしくない」

まず、はっきりと自分で決めている側の声です。

親戚のお葬式に行って、かかるお金について親と考えさせられた。日本人、日本ってお経をよんでもらわないと成仏できないのかなぁ、とか。自分が死んだら一切お金はかけてほしくない。そして、海に散骨それだけは希望する。1ミリも自分をこの世に固定して残してほしくもない。

強い言葉ですが、注目したいのはこの決意が「親戚の葬式に行って、かかるお金を見た」ところから生まれていることです。抽象的な死生観ではなく、目の前で起きた具体的な負担が出発点になっている。

「一切お金はかけてほしくない」は、裏返せば「私のために誰かが払う場面をつくりたくない」という意思表示です。自己決定は、しばしばこうして他者への配慮とセットで生まれます。なお散骨は法律上のルールと配慮事項があるため、希望する場合は散骨は違法?法律と手続きのすべてを解説を先に確認しておくと、家族に説明するときの言葉が持てます。

声 ② ─ 「世間が墓じまいと言うご時世に、姑の願いで墓を建て直した」

次は、まったく逆方向の声です。

今日は舅の十三回忌+建て直した墓のお性根入れ。世間が墓じまいとか言ってるご時世に姑の願いで墓の建て直し。色々な思いもあるが、ここ数年姑はそれを願い過ごしてきたと思う。やっと…今日にたどりついた。

この声には、二つの層があります。ひとつは「世間が墓じまいと言ってるご時世に」という一節。墓を減らす流れが強くなるほど、墓を建てたい人のほうが説明を求められる側になる——圧力の向きが逆転していることが、ここに表れています。

もうひとつは「色々な思いもあるが」という短い留保です。書いているのは姑本人ではなく、その願いを引き受けた側。納得しきってはいないけれど、この数年の姑の気持ちを見てきたから受け止めた。「やっと…今日にたどりついた」という言葉に、その時間の長さがにじみます。

供養の選択は、賛成か反対かの二択で決まることのほうが少ない。誰かの願いを、別の誰かが半分だけ納得して引き受ける——そうやって形になることのほうが多いのだと思います。世代のあいだの温度差については親はなぜ墓にこだわるのか ─ 団塊世代と次世代、供養の温度差でも扱いました。

声 ③ ─ 「遺言もなかったし、決められないままです」

三つめは、意思が示されなかった場合の声です。

納骨か散骨をすべきか死後パニックになってて出来ずにいます。増えてるみたい、家に遺骨置いてるお家。凄く悩むね。遺言も無かったし、、、、

「死後パニック」という言葉が正直です。人が亡くなった直後、遺族は葬儀・役所の手続き・親族への連絡に追われます。そのさなかに「この人はどう送られたかったのか」を推測しながら決断するのは、実際には非常に難しい。

結果として、遺骨を自宅に置いたまま時間が過ぎていく。これは珍しいことではありませんし、法律上ただちに問題になるものでもありません。ただ、「決められない」状態そのものが、残された人の負担として続いていくことは知っておきたいところです。

声①の方が「散骨だけは希望する」と書き残していたのは、実はこの状態を防ぐ行為でもあります。意思表示は、自分の希望を通すためだけのものではなく、残される人が動けるようにするための材料でもあるのです。

司会者として ─ 圧力は双方向に働いている

3つの声を並べると、「故人の意思 対 世間の慣習」という単純な対立図式では捉えきれないことが見えてきます。

  • 声① ─ 自己決定。ただし動機は「誰かに負担をかけたくない」という他者への配慮
  • 声② ─ 世間の空気に抗う側。しかもその空気は「墓じまいが当たり前」という新しいほうの空気
  • 声③ ─ 意思が示されなかった側。決められない時間が、そのまま負担になる

つまり圧力は、伝統の側からも、新しい流れの側からも働きます。「墓を建てるなんて時代遅れ」も「墓を捨てるなんてご先祖様に申し訳ない」も、どちらも当事者の判断を外から押す力です。大事なのは、どちらの空気に従うかではなく、家族の中で誰が実際に困るのかを具体的に見ることだと編集部は考えます。

その意味で、樹木葬が中間解として選ばれることがあるのは理由があります。継承者を前提としない一方で、手を合わせる場所は残る——「墓を守り続けるのは無理」と「どこにも参れないのは寂しい」の両方に、同時に答えられる形だからです。もちろん万能ではなく、合祀後は遺骨を取り出せない、親族の理解が要るといった条件もあります。判断材料は樹木葬のメリット・デメリット|後悔しないための7つの注意点樹木葬で後悔しないために|よくある失敗10選と選び方7ステップに整理しました。

編集部からの問いかけ

あなたの家では、「どう送られたいか」を口に出した人がいるでしょうか。そして、それを聞いた人は、引き受けられそうでしょうか。

希望を伝えることと、引き受けられるかを確かめることは、別の作業です。声②の家がそうだったように、半分の納得でも、時間をかければ形にはなります。逆に声③のように、何も交わされないまま時が来ると、残された人は動けなくなります。元気なうちに一度、テーブルに出しておく価値はあります。

具体的な選択肢と費用感は、あわせてこちらをご覧ください。

「そもそも何もしない」という選択について考えたい方は、「墓じまいは要らない」は本当か ─ 『放置』という選択と、その先のリスクもどうぞ。


※ X(旧 Twitter)の引用は、X 公式 oEmbed と書き起こしを併載しています。投稿者個人の見解であり、おくりノート編集部の見解ではありません。引用は各投稿者の文意を尊重し、文脈を損なわない範囲で掲載しています。

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