「お墓なんて、もう無理にどうにかしなくていいんじゃないか」
墓じまいの費用、離檀料、親族の同意、書類の手続き──考えることが多すぎて、いっそ「何もせず、そのままにしておく」という選択が頭をよぎる。そんな声が、いま静かに増えています。
近年は宗教学者の島田裕巳氏らが「無理に墓じまいをしなくてもよいのではないか」という趣旨の問題提起をし、マネーポストWEBなどで紹介され話題になりました(著書『無縁仏でいい、という選択』ほか)。いわゆる"放置論"です。
では、「墓じまいは要らない」は本当なのでしょうか。私たち編集部は、答えを急がず、相反する2つの声を並べてみることにしました。
立場A ─ 「形あるものを、残さなくていい」
まず、墓そのものに手をかけたくない、という声から。
墓じまいとか聞くにつけ形あるもの残さないほうがいい気がしてます。自分も収骨なしでお墓なしでいいです。永代供養もいらない。
冠婚葬祭すべてどうでもいい(中略)火葬さえすればあとは好きにすればいいらしい。ありがたい親だ。(中略)墓じまいをどうするか。
この立場の根っこにあるのは、「墓という形に縛られたくない」という気持ちです。お墓を建てる・守る・墓じまいする──そのどれもが手間とお金を伴うなら、いっそ最初から形を持たない方がいい。子や孫に管理を引き継がせないためにも、自分の代で身軽になっておきたい。
これは決して投げやりな考えではありません。むしろ「残される人に負担をかけたくない」という、送る側のやさしさの裏返しでもあります。墓じまいすら省きたいというより、"墓を中心に置かない供養"を選ぼうとしている、と読むこともできます。
立場B ─ 「放置が、いちばんもめる」
一方で、現場を知る人たちは、「何もしない」ことのリスクを指摘します。
お墓を放置するとどうなるか。管理費が払われなくなる→霊園から督促が来る→連絡が取れなくなる→無縁墓として処理される。継承者がいなくても選択肢はある。先送りするほど選択肢が減るので早めに動くのが一番です。
断言しますが、勝手に「墓じまい」すると"大もめ"するので注意してください。(中略)お寺も墓の放置がいちばん嫌なので丁寧に伝えれば分かってくれます。
放置を選んだつもりでも、現実には「放置したまま」では終わりません。年間管理費の滞納が続けば、霊園や寺院から督促が届き、最終的には「無縁墓」として遺骨が合祀されるのが一般的な流れです。そのとき、自分や家族の意思はもう反映されません。
2つ目の声にある「150万円の離檀料」は、私たち編集部としてはかなり極端なケースだとお伝えしておきます。一般的な離檀料の相場は0〜20万円程度で、菩提寺へこれまでの感謝を丁寧に伝えれば、多くの場合は穏やかに話が進みます(詳しくはお布施・離檀料の相場とマナー)。それでも、この声が共有しているのは「放っておくことが、いちばん寺ともめる」という現実です。
司会者として ─ "放置論"を、二つのリスクで読み解く
「墓じまいは要らない」という言葉は、聞く人によって二つの意味に分かれます。ひとつは「墓という形にこだわらない供養があっていい」という前向きな問い直し。もうひとつは「面倒だから何もせず放っておく」という先送り。この二つは似て非なるものです。
編集部としては、放置という選択を考えるとき、次の二つのリスクを切り分けて見ることをおすすめします。
① 法的・実務的なリスク
お墓を管理費未納のまま放置すると、墓地使用規則に基づき無縁墓として整理され、遺骨は合祀される可能性があります。いったん合祀されると遺骨は取り戻せません。また、勝手に墓石を撤去・移動することはできず、遺骨を移すには自治体が発行する「改葬許可」の手続きが必要です。「何もしない」ことは、実は「将来、自分の意思では選べなくなる」ことを意味します。手続きの全体像は墓じまいの手続きガイドにまとめています。
② 精神的なリスク
放置を選んだ本人は身軽になれても、残された親族の心に「これでよかったのか」という問いが残ることがあります。とくに墓には、自分以外の親族(叔父・叔母・いとこ)の先祖も眠っていることが多く、放置や無断の処分は、後の関係に深い溝を生みかねません。"放置論"が見落としがちなのは、墓が「自分ひとりのもの」ではないという点です。
島田氏の問題提起が投げかけたのは、「墓は必ず守らなければならない」という思い込みをほどく視点でした。それは確かに、多くの人を楽にする問いです。けれど"放置論"を「何もしなくていい」と受け取ってしまうと、法的にも感情的にも、かえって重い宿題を未来に残すことになります。「墓に縛られない」ことと「墓を放っておく」ことは、別のものです。前者を選ぶなら、その手段はむしろ、きちんとした墓じまい・改葬・永代供養の中にあります。
編集部からの問いかけ
「墓じまいは要らない」は、本当でしょうか。
私たちは、こう考えています。──"墓という形"は手放してもいい。けれど、"送り方を決める責任"までは手放さないほうがいい、と。放置は「決めないこと」であって、「自由になること」とは少し違うのかもしれません。
あなたなら、自分のお墓を、どうしたいですか。そして、その願いを、家族にもう伝えていますか。
制度として墓じまい・改葬・永代供養を具体的に知りたい方は、あわせてこちらもどうぞ。
※ X(旧 Twitter)の引用は、X 公式 oEmbed と書き起こしを併載しています。投稿者個人の見解であり、おくりノート編集部の見解ではありません。文中の金額・手続きは一般的な目安であり、個別の墓地使用規則・自治体の運用により異なります。






